張本勲 元プロ野球選手 2014.12.3

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  • Опубликовано: 4 дек 2014
  • Isao Harimoto, former professional baseball player
    元プロ野球選手の張本勲さんが、「ヒロシマ(被ばく)~浪商~東映フライヤーズ~巨人軍」をテーマに対談形式で話した。
    司会 宮内 正英 日本記者クラブ企画委員(スポーツニッポン新聞社)
    日本記者クラブのページ
    www.jnpc.or.jp/...
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    記者による会見リポート(日本記者クラブ会報2015年1月号に掲載)
    自分史を重ねて「球界のご意見番」アッパレ
    東京五輪の64年、私は運動部記者として水原監督率いる東映フライヤーズ(現日本ハム・ファイターズ)を担当、「張本番」をやったことがある。
    当時の張本選手は「球界一の暴れん坊」、チーム内でも水原監督以外は先輩を先輩とも思わず、取材するメディアも払いのける態度。23歳の若さで強打の四番打者。「文句あるなら、実力で来い」が、顔に表れた気力。
    在日韓国人ゆえの差別、貧困、広島での原爆被爆、姉の死、野球選手にとって致命的な幼年時の右手大けがによる後遺症など、当時は一切語らず。ただ世の中の不条理に、野球の力で敢然とぶつかっていく気迫のものすごさがあった。
    それから50年、昨年11月26日発表の日本野球機構80周年ベストナインに王、長嶋氏らとともに選ばれた。2752試合、3085安打、504本塁打、生涯打率・319という実績。「栄光の功労者」、アッパレ「球界のご意見番」になった。
    会見では、浪商から東映入団の真相、実兄がタクシーの運転手をしながら乏しい収入から学費を捻出した兄弟愛、契約金2百万円のうち百万円で広島に家を買い最愛の母に捧げたこと、東映時代の対南海戦で愛人が観戦している前で途中交代され、グラブを投げ捨て合宿に帰り、一、二階のガラスをたたき割ったこと、王選手と銀座の女性を張りあったこと、プロ野球選手の強敵は「酒、バクチ、女」、それでつぶれた有望若手投手、最高の投手は左の金田、江夏、右の杉浦、尾崎、野村捕手のささやき戦術に空振りのバットで反撃したことなど生の球界裏話。
    一方、原爆体験から強く戦争反対を語り、「政治のことはわからないが」と言いながら、朴韓国大統領の度重なる対日批判、慰安婦問題を表に出すことへの疑問など日韓関係の現状を深く憂う発言。軽妙でしかも淡々とした語り口に会場は何度もうなずき何度も沸いた。
    中日新聞相談役
    大林 主一

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